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こうして生活の中で決して軽々しく扱えない健康と運勢ですが、それらのご機嫌を伺って、あれやこれやしたりする必要のない程の、自然の摂理による、神の力が湧く時期を人間は持っています。
それは少年期から青年期にかけての、成長の時期です。著しく通常誰も肉体が成長すると同時に、精神はもとより体の中のものが芽吹いて、あらゆる可能性や刺激に対して反応する時期にあります。
そんな力が発芽する成長期に、健康に気を使うだとか、こうすれば運気が上がるだとか、あまりそのようなことを言ってみても、若い世代は聞く耳をもたないでしょう。逆の視点で言えば、聞く耳を持たないほどに、若い体の中で、伸びよう伸びようとする、どうしようもない疼きと、拡張性、そして何かを求めての飢餓感が、時には健康や運勢をも上回る勢いをもたらします。
これは中年期になって、体や中身に落ち着きを感じるようになれば、よりいっそう分かることだと思います。
その成長の時期にあるとき、体の奥から「育ちの力」が湧き上がってしょうがない時期なので、少々の悩みやストレス、難題だって、時間とともに解消してしまいます。なので健康のことや運勢のことなんて、あまり気にしません。打ち身・擦り傷は当たり前、社会で叩かれるのも当たり前、常にどうなるかわからないけど、前進あるのみ!といった理由の無いはずみと弾力性を持っています。
成長の時期とは、多くの人にとって、ほとんどがそんな時期なのです。
わたしの場合、先の節に述べたように、乳児の頃より、いろいろとツラいこともあったにも関わらず、それに負けることがなかったのは、自分の堅い強い意識ではなく、身の内から外に向かって伸びようとする、どうしようもないほど圧倒的な芽吹く力・・・それが成長の時期の状態なのですが・・・が、あってさまざなネガティブなことを中和してくれたからなのです。
いま子供の自殺や未遂の率が高いのは、その伸びる力に抑制をかける力、それはストレスであったり悩みであったりするわけですが・・が成長に潜む力より影響が大きすぎ、また同時に、子供が伸び伸びと成長する環境が、平均的に少なくなっていることが大きな要因になっていると感じます。
あの成長して伸びる時期というのは、生物として与えられたサイクルの一時期なのですが、わたしは何にも増して強力に、神(この宗教的に思える表現が受け付けない人には、大いなる摂理)から、特にわかりやすく直接与えられて来る恩恵である、『はずみの力』だと思います。世の中がどんなに世相が悪く、経済情勢が不況であったとしても、明日に立ち向かっていく、前向きなパワーがそこにあります。
これが多くの人の場合、30代に入ると、肉体の成長パワーがだんだん余韻に変化しているのを感じ、自分で体力の衰えと新しい世代のパワーをけっこうハッキリ感じてしまい、『はずみの力』がすっと抜け落ちるように、何か離れたような感じになります。
何かどこか後ろ盾というか、バックファイヤーが無くなった感じがして、熟し安定した時を楽しみつつも、何かしらの不足感を補うように、占いや風水に凝ってみたり、宗教に入信してみたりする場合も見られます。
いままで与えられていた恩恵が、どこか途切れたような感じがして、それを何か他のもので補おうとする行為が確かにそこにあります。もちろん個人個人で、その感じ方、対処の仕方や年は、変わってくるでしょう。
大いなる存在から、成長の働きかけを感じなくなっても、その中でも暮らしぶりに、その人の価値は永遠に高まりもし低まりもします。
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